対自核

セラピーの一環としての自分語り

社会人デビュー! しかし現実は甘くはなかった

いきなり大学を一年で卒業(中退なのだが)してしまい、特に何をするでもなくブラブラしていた日々に焦りを感じ始めていた。

まあなんとかなるだろうとのんびりしていたが、さすがにこれはとにかく就職してカネを稼がなければいかんだろうと思い、就職雑誌なるものを買ってみた。
パラパラとめくって見てみると、「都市部のとにかくデカいビルの高層階で働く仕事」が載っていた。これだと思い電話をすると、すぐに面接を受けることになった。どうせ受からないだろうと思っていたが、何かあっさりと明日から来るようにと言われ、どうやら合格したようだった。
 

 次の日、出勤してみると、同じような年齢のヤンキー上がりみたいなニィちゃんがぽつんと座っていた。どうやら彼も同じ日に初出勤となったらしい。ところで、この瞬間になっても、いったい自分がどんな仕事をするのかまったく知らなかった。普通は業務内容とかいろいろ精査した上で応募するものだと思うが、このころの自分はどうかしていたのか、わりと順番とか細かいことにこだわっていなかった。別の言葉で言うとバカとか間抜けになるのだろうが、世の中そういうものだと思っていたから恐ろしい。

 さて、仕事の内容だが、どうも英会話の教材のセールスのようだった。朝から晩までセールストークの練習というか、ロープレばかりしていたが、肝心の売り物は最後まで見ることは無かった。
一週間が経とうかという日、それまで隔離されてひたすらロープレをしていた日々から解放されることになった。いよいよデビューである。その日の朝、ほかの社員の前に立ち、同期のヤンキー君と自己紹介みたいなことをした。誰も関心が無いようだった。

 そして目の前に分厚い名簿が置かれた。ここに載っている番号にひたすらかけまくって英会話の教材を買わせるんだよ、ということらしい。
これはダマされたな、と思った。そういう怪しい電話は自分も何回も受けたことがあるからだ。今考えれば、ダマされるほうもどうかと思うが・・・。
しかし電話機を見つめていても何も始まらないし、周りの社員はどんどん電話をかけて、なにやら怪しい呪文を唱えている。仕方ないので、自分も適当な番号を選び、かけてみた。

「どこでこの番号を知ったのか?」と怒られたり、ものすごく人のよさそうなお母さんが出て、「娘はここに勤めているから。」とショクバの番号を教えてくれたりした。
これにはさすがに良心が痛んだ。というのも、渡された必殺電話マニュアルには、”卒業した学校の同級生と名乗れ”とか、”同じ会社の者だが、緊急の連絡があると言うように”といったインチキな方法が書かれていたからだ。

 昼食をとる暇もなく、夜の10時まで電話をひたすらかけるという作業を繰り返していた。ヤンキー君もすました顔でなにか電話をしている。もしかしたら、こいつは会社の手先ではないかと思ったが、帰りに聞くと、天気予報にかけて電話をしているフリをしていたとのことだった。そんな手が・・・と思ったが、何かもう疲れてどうでもよかった。

 帰り際にヤンキー君が「こんなインチキな仕事やってられっかよ。俺はトブから。」と小声で耳打ちしてきた。なぜかびっくりして「いや、とにかく1週間くらいはがんばろうよ。」と、まったく思ってもいないことを口走っていた。ヤンキー君は何も言わなかった。

 次の朝、起きてぼんやりとしていると、いくらなんでもこれは詐欺の片棒を担いでるだろうと、アタマがおかしい自分でも思い始めた。何しろその教材がとんでもなく高いのだ。ローンを組ませて買わせたりしているようだった。一週間はがんばろうよ、とヤンキー君に言った自分だったが、トンだのは自分のほうだった。ショクバに連絡も入れなかったし、連絡もなかった。もちろん1週間分の給料も回収できなかった。また回収しようとも思わなかった。
ヤンキー君が実際にトンだのかもちろん分からなかった。

 

しばらくはその高層ビルの前を通ると悲しかった。