対自核

セラピーの一環としての自分語り

休みが終わる夜

 僕が学校に通っていたころは、土曜日は休みではなく、半日授業があった。
もちろん、弁当を食べたりといったことはなく、ハラを空かせて速攻帰宅するのだが、
今から休みという高揚感は計り知れないものがあった。
 
就職してしばらくすると週休二日が導入され、連休になるわけだが、逆にダレてしまい、なにか無為な時間を過ごしていた気がする。
現在は、水、日休みという変則的な休みなので、学生時代に近い感覚かもしれない。

連休でないことのデメリットは、泊まりの小旅行ができなかったりとか(まあそれは有給休暇取ればいいだけなのだが)、あっという間に終わってしまう感はどうしても否めないことか。
メリットは、日曜の夕方あたりからじわりとやってくる、あの絶望感がいくぶん少ないことかな。なにしろ月、火と2日出勤すれば、休みなのである。これは大きい。
しかし無情にも休日出勤という、もうこの世の終わりのような事態になってしまうと、連勤にすっかり耐性の無くなってしまったカラダにはけっこう堪えるものがある。

 さて、貴重な休みをどのように過ごすかということは、何も考えていなかったお子様時代もとうに過ぎ、過酷なギョームに身を晒されている今となっては、大変な命題である。
1時間たりとも無駄にはできない。だが、休みの前は気分が高揚しているせいか、夜更かしをしてしまう。早く寝て早く起き、一日を長く使おうというド正論など、休み前の誘惑の前には赤子の手をひねるも同然、まったくの絵にかいた餅、無力もいいところなのだ。まあこれは自分の意志が弱いだけなのかもしれないが・・・。

 ところで、僕は、休みも終わりに近づく夕方から夜にかけての過ごし方が、次の日にけっこう影響を与えるものだということに、わりと早い段階から気づいていた。つまり、絶望感に苛まれながら気絶同然に寝てしまうのと、多幸感に包まれながらゆるやかに睡眠に移行していくのでは、朝起きたときの気分がぜんぜん違うという現実に気づいてしまった。

 さて、そうなるといかにしてシアワセな気分で眠りにつくか、これがすべてである。
そこはやはり、好きなことをしながら徐々にねむりについていくのが理想と言えると思う。
僕の場合は、早めに夕食を取り、あっという間にベッドにもぐりこむということをやっていた(もちろんお風呂も早く入る)。
どういうことかというと、眠りにつくまで、まだあと6時間ある。まだまだ夜はこれからだ・・・といった、もう貧乏性の極北といった感覚にシビれていたのだ。
しかしこれは時間の経過とともにだんだん焦りに変わっていくのではないか?と思われるかもしれない。が、かなり早い時間から本を読んだり、動画を見たりといった、好きなことを散々した後なので、寝る30分くらい前にはもう満足感というか、ある種の開き直りみたいな感覚になっており、ダメージはぜんぜん感じないのだ。

 もちろんこれは僕だけの感覚かもしれないので、まったく参考にならないと思う。
でも、休み明けの朝がツラすぎるという人がいたら、一度試してみても死ぬことはないと思うので、ぜひ。