対自核

セラピーの一環としての自分語り

2020年~2021年に思ったこと

 年末は30日から休みに入った。今回の年末年始休みは、なんとなく違和感というか、いつもの年と違う感じがした。もちろん、世の中が新型コロナウィルスで大変な状況になっているということも影響してると思うのだが、もっと内面的なことに引っ掛かりを感じていた。

年末進行で忙しく、ようやく休みになったということで、あれをやろう、これもやりたい・・・といった予定というか企てがいつもはあったりするのだが、今回はまったく何もなかった。というか、何もする気が起きなかった・・・。

結局、休みをほとんど消化した現在まで何をしたかというと、お酒を飲んでダラダラと動画を見たりといった実に非生産的な生活を続けてきてしまっているのだ。

もちろん、疲れた体を休めるといったことや、お正月はお酒でしょ、という感覚もあると思うのだが、少なくとも自分はそういうタイプではなかった。
何かしら動いてないとイヤな性格だと思っていた。

 以上グダグダと書いてきたが、要するに気力が萎えてしまっているのだ。
新しいことを始めようとか、長期の休みにしかできないことをしようとか、そういった気持ちに全くならない。なんとなく一日が終わっていく。それに対する焦燥感も若干だがあったりはする。

この気持ちには覚えがある。最初はもう数十年前に覚えた感覚だ。
僕は大学を中退して怪しい会社に潜り込んですぐに辞めるといったことや、とりあえず休憩と称してブラブラしていた時期があるのだが、その時に感じた「このままでいいんだろうか」といった感覚に似ている。

実害はとりあえず無かった。親と同居していたから、日々の暮らしに困ることも無い。だが、せっかく大学まで入れてもらって1年で辞めるとか、ただの穀潰しな体たらくに対して良いとはもちろん思ってはいなかったので、焦ってはいた。またどこかに潜り込んでお金を稼がなければならないし、退学届けを出してしまっているので復学することもできない。

このじりじり来る焦燥感、不安感は、今に始まったことではなく、実は日常化していて投薬によって抑えていたりする。

休みに入ったとたん、いきなり断薬してしまったのがいけなかったみたいで、いわゆる
離脱症状が出たのかもしれない。
もう数年つきあっている症状だったりするのだ。最近クスリの量が増えてきてしまっている。

長くなってしまったので、そうなってしまうまでの経緯は次の機会に書くことにします。