対自核

セラピーの一環としての自分語り

飼い犬の思い出2

 さて、セント君が逝ってしまってからペットロス状態が続いていた我が家であった

が、性懲りもなく(?)父親が新しいイヌを迎えたいと思っているのが、誰の目にも

分かるようになってきていた。

母親は、「もうあんな悲しい思いをしたくない」という至極まっとうな意見で、

また、セント君への想いもあってか、新しいイヌを飼うことには反対だった。

僕らガキどもに至っては、わりと立ち直るのが早かったせいもあってか、「世話が

めんどくさいよー」などとわりとひどいことを言ったりして、これまた否定的だった。

 

いつものことというか何というか、ウチのオヤジは勝手に物事を進めるため、そんな

意見などまったく気にすることなく、ある日学校から帰ってくると、真っ白な秋田犬

がそこにはいた。

これがまたとんでもなくカワイイのだ。あれだけ否定的だった母親もすっかり気に

入ってしまっている。完全に場が温まっている中に帰宅した僕には何がなんだか

分からなかったが、またイヌとの生活が始まるんだなということだけは理解した。

 

シロちゃん(待望のメス犬だった。何が待望なのかわからんすけど)は、成長する

のも早く、やはり着実にデカくなっていった。秋田犬だから当然なんだけど。

 

例によって日中は裏庭に放していたのだが、このシロちゃんはやたら穴を掘るのだ。

裏庭には、けっこうデカい物置が鎮座しているのだが、知らない間にトンネル隧道工事

が完工していたり、ペット用のガム(デカイ骨型)を与えるとどこかに埋めてまた掘り

出すということをしているらしく、ガムはいつ見ても土にまみれていた。

シロちゃんの鼻にも土がいつも付いていたから、かなりの技術をすでに習得している

ようだった。

 

 

 シロちゃんも、ウチのイヌの系譜をしっかりと受けついでいて、なかなか如才なき

才能を発揮していた。夕方になるとご帰還よろしく家の中に入ってくるのだが、

さいころから家の中で飼っていたこともあって、寝床はリビングのソファの横に

設置されていた。そこに毛布やら何やら敷いてあげてベッドメイキングをするのだ。

そしてシロちゃんはソファに寄りかかって眠る・・・という流れで一日が終わる。

 

 そんなある日、僕は異変に気が付いた。

朝起きてリビングの犬の様子を横目に見ながらダイニングに向かうのだが、ソファ

(けっこういいヤツで高い)が妙にへこんでいるのだ。

白い毛も数本残っている。素知らぬ顔で夕方セッティングしたベッドで寝ている犬を

見ながら、「これはこいつ夜中にソファで寝てやがるな」と疑念を抱いた。

 

そこでビデオカメラを設置して録画してみることにした。オカルト大好き野郎だった

僕は、” 怪奇!隣室に現れる謎の正体を暴く!” みたいな番組のノリでとんでもなく

気持ちが高揚していた。やってることは犬を盗撮しているだけなんですけど。

 

果たしてそこに録画されていたものは、家人がみんな寝室に向かっていき、リビング

の電気も消されて10分くらいしたあたりで、むくりと起き上がり慣れた感じでソファ

にごろりと横になるシロちゃんの姿だった。

 

何度注意しても、ソファに上がってしまうため、ついに根負けしてソファに毛布を

敷いてそこが寝床になってしまった。まあ、ソファのほうが気持ちいいですわな。

 

そんなどてらいヤツかと思えば、雷が怖くて二階の僕の部屋に入ってきて、横に

くっついて寝るというかわいい面もあったりするので、強く𠮟れなかったりした

のだ。我が家はすっかりシロちゃんの掌で転がされてしまっていた。

 

皮膚に少し病気があって、獣医から塗り薬を与えられたりといったことはあったが、

シロちゃんもけっこう長生きだった。

僕が結婚するために実家を出てからも元気にやってるとの報告をもらっていたし、

実家に帰るといつもどおり床に寝ていてこちらを一瞥したりしていた。

 

 

 その報は突然にやってきた。

僕が仕事が休みの日にゆっくりしていると、母親から電話が入った。どうも危ないと

いうのだ。ヨメさんと急いで実家へ駆けつけるとすでに虹の橋を渡ってしまっていた。

例によってしょんぼりしている母親になんと声をかけていいのか迷っていると、すでに

以前お世話になった葬儀屋を手配したとのことだった。

 

母親が思ったよりしっかりしていたので安心したが、葬儀屋が到着して簡易的な棺桶に

入れて、出棺という段になっても、体が動かないのだ。僕の。いきなりのことだった

ためか、自分の中で消化できず体が拒否をしてしまっていたのかもしれない。

 

葬儀屋に何度か促されて、ようやく送り出すことができた。「けっこう長く生きたから

大往生だよ」などとみんなで納得して、「合同慰霊祭にはみんなで行こう」と決めて

自宅に戻っていった。

 

 ヨメさんが夕飯の買い物に出かけ、ひとりで「明日は仕事だから準備しないといけ

ないな」と思いながらぼんやりしていると、突然、とめどなく涙があふれだした。

悲しいから泣いているといった感覚ではなく、勝手に涙が流れだした感じだった。

 

止まらない涙をそのままにして、シロちゃんとの日々を思い出していた。

 

雷が怖くて脱走したシロちゃんを探しまくって、どこにもいなくてどうしようと絶望

したこと。隣のお店に避難していて安堵して何度もシロちゃんに謝ったこと。

その日は雷予報が出ていたから早く帰れと母親に言われていたにもかかわらず、

結婚前のヨメさんと遊んでいて遅れてしまっていたのだ。ごめんよー。

今までで一番仲が良かった犬だった。実家を出る時に「これでまた死に目に会えない

かもしれないな」と一瞬思ったこと。現実になってしまった。

 

帰宅したヨメさんは、力なく座り込んでいる僕を不思議そうに見ていたが、

何も言わずに夕飯の支度を始めた。

 

 

 マンションの住人の中にはチワワなど小型犬を飼っている方もいるが、今までの

経緯からある程度大きなイヌしか興味が無くなってしまっているので、この先イヌを

飼うことはもう無いだろうと、イヌとかかわっていく人生もこれで最後だな、と考えて

いた。

 

 

 が、しかし、実家にはやはり今現在もイヌがいるのだ。

 

ウチのオヤジはどうやらイヌ依存症のようなのである・・・。